ボクの中学受験地獄体験記[本編4]サボっても辛い

この話は中学受験を無理矢理やらされていた体験記です。読んだら不快感を抱く可能性があります。また幼い日々の記憶を辿っているため、時系列が正確でない可能性があり、進行具合がおかしい可能性があります。また、母親を始め登場する人物には子供のときに感じたまま表現するつもりなので言葉が悪くなる可能性があります。何卒ご了承ください。今の母親は本当に好きですし、いつまでも元気でいてほしいと願っています。「ただ当時は…」という話なのでそこは割り切って読んでいただけたら幸いです。

確か火曜日の国語の日。16時過ぎ、いつものように塾に行くために重い足取りで自転車で駅へ向かっていた。

「もう、行きたくないな」

心の中で以前より芽生えていたサボるという気持ちが遂に爆発してしまった。そのまま駅前のゲームセンターに行きサボった。初サボりだ。

普段友達と行くゲームセンターとは違いまったく楽しくなく、ほぼ上の空でゲームをした。17時から19時が塾で、18時以降は18歳未満はゲームセンターには入れないので、その後は本屋で立ち読みをして過ごした。とても長い時間に感じた。

こんなことをしているのは悪いなという気持ちはあるし、かといって行きたくないのに行かされてるからサボっていいはずだなどの考えが頭の中を錯綜し複雑な気持ちにさせたのだった。また、塾から連絡があるのではないか?という不安もあった。

ここでは詳しくは書かないが塾から電話が来ないように電話対策は色々やった。今の時代とは違い家の固定電話しかなかったので食い止めるのは簡単だったが、様々な対策を毎週していたことで毎週神経をすり減らしていった。

一度サボるともう歯止めは効かなくなった。サボりにサボった。全サボりかは覚えていないけど、サボり始めてから塾に行った記憶がない。多分1年間分はサボったのではないか。サボるという表現もおかしいな、行きたくないから行かなかったわけだ。

ある日、いつものように塾に行くフリをしてサボり先であるゲームセンターに向かっていた。向かう途中、なだらかな坂があり登っていると綺麗な夕日が目の前に現れた。

「どうなっちゃうのかな。これからどうしよう。」

この心の中のセリフと夕焼けの光景は鮮明に記憶に残っている。今更サボってることを言い出すこともできないし、今更塾に行くことも嫌だ。未来がない。世界の狭い子供には絶望的な心境だった。

バレたら怒られるし、行きたくないと言っても怒られるし、どうしようもない状況。ストレスを二重で溜め込むという、小学生が抱え込むような内容ではないし、よくよく考えればそこまで追い詰められているのかおかしい話だ。自分からすると必要性のない受験。そう全ては受験が悪い。そんなものがあるからだと考えていた。

一度、塾に行ってるはずの時間に母親と駅前で会ってしまい逃げた記憶がある。街中でかなり大きな声で名前を呼ばれた。その声は母親で怒りに満ちていた。その後、なかなか帰るに帰れなくて意を決して帰ると無言で夕食を出された。何を食べたかもしっかり覚えているけど、その日はどう過ごしたのかはすっかり忘れた。

そんなことがあっても僕はサボった。行きたくないし、行く意味もない。夏期講習と冬季講習も全部サボった。終いには、日曜のテストもほぼサボった気がする。

時系列がわからないけれど、途中から二つの塾に通うことになり、精神がさらに追い詰められた。二つ目は家から1時間半もかかるところで夜9時に終わる。家に着くのは22時過ぎ。この二つ目の塾は結局通っていたか全く記憶に残っていない。あまりにも記憶がないのはもう精神的に疲れ過ぎていたのかもしれない。

ただ、サボりの時間潰しで普段行かないところに行ったり、夜の道をひたすら数時間歩いたり、商業施設に夜遅くまでいたり、という記憶があるので、二つ目の塾もサボっていたんだなーと思う。

そして、いよいよ受験を迎えるのであった。

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