朝井リョウ『正欲』を読了しました。2021年3月26に発売された新刊ですが、皆さんはもうお読みになりましたか?久しぶりに感情を大きく揺さぶられた小説と出会えたので、感想をシェアしたいと思います。
『正欲』の著者・朝井リョウとは
小説家の朝井リョウさんは、2010年『桐島、部活やめるってよ』でデビューした小説家。2012年発行の『何者』では、直木賞史上初の平成生まれ受賞者、かつ男性最年少受賞者として注目されました。主な著書・経歴については次の通りです。
発表年 | 作品名 |
---|---|
2010年 | 『桐島、部活やめるってよ』 |
2010年 | 『チア男子!!』 |
2011年 | 『もういちど生まれる』 |
2012年 | 『何者』 |
2015年 | 『武道館』 |
2015年 | 『世にも奇妙な君物語』 |
2016年 | 『ままならないから私とあなた』 |
2016年 | 『何様』 |
小説『正欲』とは
『正欲』とは、朝井リョウの作家生活10周年を記念して書き下ろされた、新作の長編小説の1冊。こちらは新潮社から出版されていますが、10周年記念作品は対になる長編小説『スター』が朝日新聞出版から別途発売されています。読み心地から前者は黒版、後者は白版と名付けられています。
私が手に取ったきっかけは、オードリー若林さんのInstagramで紹介されていて、カバーにあった次の引用に興味が湧いたから。
自分が想像できる
“多様性”だけ礼賛して、
秩序整えた気になって、
そりゃ気持ちいいよな。
朝井リョウ『正欲』, 2021
この1フレーズが後々、芯を抉ってきます。
小説『正欲』のあらすじ
とある事件を切り取った週刊誌の報道記事。その背景にあった真実に、複数人の一人称語りで迫っていきます。
- 検事で不登校児YouTuberの父親、寺井啓喜
- 容姿にコンプレックスを持つ文化祭実行委員、神戸八重子
- 布団売場に勤める一匹狼、桐生夏月
- ダンスサークルに所属するイケメン大学生、諸橋大也
- 大手食品メーカー新商品開発の営業担当、佐々木佳道
それぞれが「正しく」生きるために、令和の新時代に向けて一歩ずつ進み始めます。
小説『正欲』の感想
ダイバーシティ、多様性、男女平等、個性の尊重、傷付けない世代…
それが今の時代の正義であると世の中は謳う。
たしかに感じてはいたこの空気感に対する違和感を、作品として1番嫌な形で見せ付けられた印象です。
登場人物たちは、感じのいい人も悪い人も、「これってあの会社にいるあの人だ」「これはあの頃クラスにいたあの人だ」と具体的に想像できるリアリティがあるから、現実と繋げて考えざるを得ません。
教室の中心にいた人気者や、その周辺にいた人々の視界には、確実に入っていないであろう景色は存在しているのですよね。同窓会の居心地の悪さは異世界感の象徴で、特に印象的だったのは旧友が集まる葬儀のシーン。
ーほんと、なんが起きるかわからんよね、人生って。
いや、わかるだろ。溺れることくらい。
朝井リョウ『正欲』, 2021
この2行の構造が強烈。
健全で愚直な愛らしさ・おめでたさを冷静な眼差しで芯から貫いていて、住む世界の違いを痛いほど残酷に伝えてきます。
冒頭でご紹介したフレーズもそう。「礼賛」という表現が絶妙です。
たしかに「ダイバーシティ」って、マジョリティ側か、もしくはマイノリティの中でもマジョリティに振る舞える側の人間が、事象を正当化するために安全地帯から放つ、暴力的な言葉だよなと。
剥き出しの多様性なんて誰も認めちゃいない。
許されるダイバーシティはおそらく、ファッションに昇華されたカッコ良いものか、女性活躍の殻を被った合理的で必然性のあるものか。
実際、奇妙なことは文字通り奇妙だし、異常なことは絶対に異常にしか映り得ない。
マイノリティの中でも、マイノリティであることを自覚しつつ生きるに支障ない程度に順応・擬態できるマイノリティは、中途半端な正義感でわかったようになりがちなのかもしれない。そういうシーンはよくあるし、実際これを書いてる自分も思い当たる節がある気がします。
救済者の視点で異常性をさらに分類して、犯罪に該当するか否かでもう一線を画そうと試みるものの、当事者にとってはその線の内側か外側かどうかはたぶんあまり関係ないのですよね。いずれにしろ自分が異常に該当していて、生きづらいことに変わりはないのだから。
読み応え十分な素晴らしい作品でした。感情を持っていかれますが、多くの方に読んでいただきたいと思います。