ボクの中学受験地獄体験記[序章1]

序章

この話は中学受験を無理やりやらされていた僕の体験記。小学4年から目的なく意志のないまま塾という強制施設に放り込まれたお話。いやいや受けさせられた中学受験経験がない人が読んだら不快感を感じる可能性があります。予めご了承ください。

そろそろ中学受験が始まるこの時期に重ねたかった。自分自身に意志があって受ける子供は受験が何かを理解して臨むんだろうが、大抵は意志なくただ塾に通ってるのでは。そしてそれが無理矢理やらされていたら? 僕の場合は後者だった。この経験から「自分で納得できないことはしない」とこの経験から心に刻んだ。自分が乗り気でもないのにやることに何の意味がないことがわかったからだ。

子供に受験をやらせることは大半は親のエゴであると思うのだがどうだろう。まだ世界の狭い子供を言葉でそそのかして洗脳し、つまらない受験のための勉強をさせる。そんな子供にははっきりいって時間と金の無駄である。意味のない時間と金を子供に費やすなら、その時間と金を他のために使ったほうがいい、家庭の家計のためにもいい。

受験させる意味を親や大人に聞くと大抵は将来の為にと口を揃えて言う。いい学校とかいい会社とかいうけど、なにが基準なのか。名が知られている会社に行けばいいのか。なぜではそこにいかせたいのか?特に自分が興味もないことをやっていても?やりたいことがないのに大学行って何を学ぶんだろう?不思議。よくやりたいことを見つけに行くってのもなんかよくわからない。多分言い訳で言っている人が大半では。

ただ僕からすると興味ないことを勉強するのはある意味すごい。でもそれって身になるのか?インド映画の「きっとうまくいく」でうまく表現されているんどけど、「興味があるものを突き詰める勉強をしたい。就職のための勉強をしたくない」ってこと(この映画は僕が感じていること、言いたいことが全部詰まっている!Amazon Primeで見れるのでぜひ!2020年1月現在)。この映画を見ていると日本人も就職のため勉強をする人が大半だろう。単純に考えてみてほしい。これってなにが楽しいのか?勉強って本来は興味をもって学ぶものなのでは。強制されるから子供たちは勉強がつまらない嫌いになる。僕もそうだった。興味を持ったことは親に消される。しかし、僕の場合は受験を経験する前から好きだったことを高校の最後に取り戻し本気で勉強を始めた。結局生まれてから本気で興味を持ち好きだったことを本業にしたくて専門の学校に通い勉強して仕事をしている。良く考えれば中学受験の経験は僕に強い意志を持たせてくれたことだし、つらかったがいい経験だった。と、今なら思える。

何回かに分けてこのテーマの記事を書いていく。僕と同じ気持ちで受験をしている子供に向けてと子供の気持ちよりエゴを押し付ける親にも負けて書いていくつもりだ。

母親を始め登場する人物には子供のときに感じたまま表現するつもりなので、言葉が悪くなる可能性がありますが、そこのところはどうかご容赦を。今の母親は本当に好きだし、いつまでも元気でいてほしいと願っている。「ただ当時は…」という話なのでそこは割り切って読んでいただきたい。

次回も本編に入る前の序章2。